ニチモウは科学的根拠に基づいた持続可能なビジネスを展開し、変化する環境を成長の機会に変えていくことを目指しています。産学の知をいかに融合させ、日本の水産業を強化していくか。東京海洋大学名誉教授で公益社団法人日本水産学会の前会長を務めた東海正氏と当社代表取締役社長の青木信也が未来を見据えて語り合いました。
科学的根拠に基づく製品開発が、水産業の担い手不足や資源管理の課題を解決します。
■ 東海
本日はお招きいただきありがとうございます。まずは水産業を取り巻く現状についてお話しします。私たちは、水産業を通じて、太陽の光という恵みをもとに、海から食料資源を人類に届けるという極めて重要な役割を担っています。本来、漁業や養殖業は健全な地球環境を前提に成り立つものですが、現代は「人新世(アントロポセン)」と言われるように、人類が地球規模で環境変化をもたらすほどの影響力を持つようになりました。気候変動に加え、漁業や養殖業には技術の高度化が水産資源や海洋環境に負荷を与える側面もあることから、「持続可能性(サステナビリティ)」の追求が最優先課題となっています。
一方で、国内に目を向ければ、漁業就業者の減少や高齢化という深刻な課題に直面しています。各地の浜を歩くと、水産資源は豊富にあるものの担い手不足で水揚げができないという、もどかしい状況さえ見受けられます。限られた人員でいかに効率よく、かつ持続的に海の恵みを享受していくか。この点も喫緊の課題です。
アカデミアの研究者は、理論の構築や技術開発までは担えますが、それを現場で活用する「社会実装」の段階では、民間の力が不可欠です。私たちだけでは、現場の細かな課題を全て把握しきれるわけではなく、研究上のアイデアが「机上の空論」に終わってしまう危うさもはらんでいます。だからこそ、現場に精通した企業からフィードバックを得て、共に新たな価値を創り出す。そうした産学の双方向の連携が求められているのです。
その点、ニチモウは、資源の採取から消費者に届けるまで「浜から食卓まで」をトータルで手がけられています。水産業は裾野が広く関連産業も多岐にわたりますが、それらが分断されているのが現状です。個々のパーツが優れていても、それらが有機的に繋がらなければ真の力にはなり得ません。ニチモウの一貫した体制は、水産業の多様な知恵と力を繋ぎ、解決へと導く「司令塔」の役割を果たせるものと大いに期待しています。
更に、ニチモウが地域の漁業者の方々と対話を重ね、コミュニティの維持や地方創生に寄与されている点も、学術界から見て非常に心強く感じます。水産業の持続可能性には、海洋環境の保全だけでなく、そこで働く人々の生活や安全を守る「社会的責任」の遂行が欠かせないからです。
■ 青木
ありがとうございます。私も、一企業だけで成し遂げられることには限界があると感じています。水産業と一括りに言ってもその領域は非常に多岐にわたり、現場が抱える課題も千差万別です。それらを解決するには、志を同じくする企業や大学、研究機関との連携が不可欠だと考えています。
特に日本水産学会との連携は、具体的な成果として結実しつつあります。当社の技術者が学会で研究成果を発表し、その成果は、関係省庁の技術開発事業などへ広く普及し、実務と学術が理想的な形で融合しています。
例えば、東海先生も研究されている海洋プラスチック問題への対策として、当社は世界に先駆けて「生分解性刺し網」を開発しました。これは、海中に放置されてもゴーストフィッシング※による生態系への影響を最小限に抑え、自然に還る画期的な製品です。また、バイオマス素材を用いた養殖網も、環境負荷を低減したいという現場のニーズと学会の知見を掛け合わせることで誕生しました。こうした「科学的根拠」に基づく製品開発こそが、私たちの強みであり、産学連携の大きな意義だと確信しています。
また、現在取り組んでいる閉鎖循環式陸上養殖(RAS)についても、当初は欧州製の資材を導入しましたが、物流や規格、メンテナンスの面で多くの課題に直面し、資材の調達遅延や国内規格との不一致といった問題が生じました。そこで現在は、優れた技術を持つ国内の企業と連携し、設備の内製化を推進しています。最終的には共同事業体(コンソーシアム)のような形で国内の技術を結集し、日本発の陸上養殖施設を広く普及させていきたいと考えています。
水産業という広範な分野で何ができるのか。これは壮大なテーマですが、企業間連携はもちろん、最終的には「志を共にする人との繋がり」が鍵となります。パートナーのみなさまとの信頼関係を大切にしながら、持続可能な水産業の実現に向けて事業を推進していきます。
環境規制を追い風に変え、バイオマス素材などの革新的な製品で世界の基準を牽引します。
■ 東海
海洋プラスチック問題は、多くの方がどこか他人事のように捉えがちですが、実際には海洋プラスチックごみのほとんどがレジ袋やペットボトルなど日常生活で使われるプラスチック製品由来であるように、私たちの生活と密接に繋がっています。また、漁具などの漁業資材も深く関連しています。こうした環境問題は、経済活動の「外部不経済(コスト)」として扱われてきましたが、近年では生態系サービスの評価やESG投資、カーボンプライシングの進展により、その価値を市場の中で評価・反映しようとする動きが強まっています。つまり、環境保全への取り組みそのものが、新たなビジネスチャンスや価値創造に直結するのです。
また、環境だけでなく「食の安全・安心」の確保も重要です。サプライチェーンの透明性を高め、トレーサビリティを徹底することで、消費者に信頼される水産物を届ける。その基盤構築において、ニチモウの技術力に対する社会的な期待は極めて大きいと感じています。
ニチモウは、各事業部門で環境問題に真摯に取り組まれているだけでなく、それらを全社的な戦略として統合し、トータルで価値化しようとされています。この姿勢は本当に素晴らしいと感じます。「失われた30年」の中で、変化を避けることに慣れてしまった日本企業は少なくありません。しかし、変化の激しい現代において、変革を拒むことは世界から取り残されることを意味します。ニチモウが体現されてきた「挑戦し、自らを変革する」という姿勢こそが、日本の水産業界全体を巻き込み、再生へと導く起爆剤になるのではないでしょうか。
■ 青木
私たちも、変化は持続的な成長への「ターニングポイント」であると捉えています。環境規制の強化や資源保護といった社会的要請も、逆風ではなく、新たな需要を創出する「追い風」になると考えています。
例えば、植物由来のプラスチック(バイオマスプラスチック)を用いた漁具の開発では、コスト面の課題は残るものの、大きな手応えを感じています。科学的なエビデンス(証拠)の構築はこれからですが、「従来の石油由来製品よりタコがよく獲れるタコツボ」や、「モズクの成長が早まる養殖網」など、想定外の付加価値も確認されています。環境配慮型製品を、単なる「高コストな代替品」ではなく、「社会価値の高いブランド」へと昇華させ、消費者のみなさまにその価値を認めていただく。こうした「正の循環」を生み出すことができれば、日本の水産市場のあり方も変えていけるはずです。将来を見据え、こうした戦略的な「カード」を持っておくことは非常に重要だと考えています。加えて、私たちは「食の安全・安心」を担保するサプライチェーンの構築にも注力しています。トレーサビリティの徹底により、環境に配慮した水産物の価値を可視化し、人権を尊重した公正な取引を完遂する。こうしたガバナンスの強化こそが、お客様や投資家の方々からの確かな信頼に繋がると確信しています。
精密な管理と省人化をパッケージ化。現場を支える技術が「働きがい」と進化を促します。
■ 東海
「スマート水産業」という言葉の捉え方はさまざまで、資源管理や環境モニタリングといった最先端技術をイメージされる方は多いでしょう。しかし私は、もっと身近な領域にこそデジタル化による大きな可能性があると考えています。例えば、船上でも陸上と同様にインターネットが利用できれば、船員の労働環境は劇的に改善されます。船上で体調を崩した際にリアルタイムで健康相談を受けることも可能ですし、深刻な人手不足に対し、短期労働力の募集・管理を最適化することも考えられます。
実は、水産業界は他産業に比べてデジタル化の余地が多分に残されています。個々の課題を解決する「要素技術」は生まれつつありますが、それらを有機的に結びつけ、業界全体のシステムとして機能させるには至っていません。
陸上養殖はその典型です。研究者は水質管理や給餌の自動化、魚の健康状態のモニタリングといった個々の「パーツ」を生み出すことはできますが、研究者単独ではこれら多種多様な「要素技術」を統合し、一つの商用システムとして構築することは困難です。それらを「事業パッケージ」として完成させるためには、現場に精通した企業が各パーツを繋ぎ合わせ、持続可能な事業モデルへと昇華させる役割が、今まさに不可欠なのです。
■ 青木
「省人・省力化」は、当社が長年向き合ってきた重要なテーマです。かつては、新たな機械の導入に対して「自分たちの手でやったほうが早い」と、現場から消極的な反応をいただくことも少なくありませんでした。しかし、世代交代が進むにつれて、先端技術を柔軟に受け入れる土壌が着実に育まれていると感じます。最近では、電気を用いて魚を迅速かつ穏やかに活締めすることで鮮度を保持する装置が、出荷作業の負担軽減と品質向上の両面を実現し、高く評価されています。また、テクノロジーによる省人化は、「労働安全衛生」の向上にも直結します。過酷な作業を自動化・機械化することで、事故のリスクを低減し、誰もが健やかに働ける職場環境を整える。こうした「人財」を尊重する経営こそが、次なるイノベーションを生む源泉になると考えています。
ノルウェーのような水産先進国に学ぶべき点も多々あります。彼らは限られた人口を前提に、古くから徹底した省人化と合理化を推進してきました。例えば給餌船は20年以上も前からコンピューター制御を導入し、一人で数十台の生け簀(いけす)を管理できる体制を構築しています。日本の伝統的な手法に固執せず、優れた先進事例は積極的に取り入れ、自社の技術と融合させていくべきだと考えています。
日本独自の課題解決を世界へ発信。産官学連携のハブとなり、持続的な企業価値を目指す。
■ 東海
2030年は、遠い未来だと思っていましたが、今や目前に迫っています。海洋環境や国際情勢が目まぐるしく変化する中で、日本の水産業もまた、変革を迫られています。かつて日本の水産研究は、世界中から多くの留学生が集まるほど高く評価されてきましたが、近年はその存在感が埋没しつつあるのが現状です。
今こそ、世界の「後追い」をするのではなく、日本が培ってきた知見に基づいた独自のアプローチで課題解決に挑戦すべき時です。研究、技術開発、そして社会実装という一連のプロセスを、一つの「解決モデル」として世界に提示していく。そのためには、産・官・学の連携がこれまで以上に重要になります。現場に精通し、自社で研究開発機能を備えるニチモウには、その連携の「ハブ」となり、業界の変革を力強く牽引していく存在になることを大いに期待しています。
■ 青木
現在進行中の中期経営計画は、10年後のあるべき姿から逆算する「バックキャスティング」の手法を用いて策定しました。これは、「10年後の未来を創るのは、今現場で働く君たちなのだ」という従業員一人ひとりへのメッセージでもあります。従業員それぞれが「10年後、自分はどうありたいのか」を問い直し、そこから今なすべきことを見出してほしいと願っています。10年後の主役となる従業員たちが、誇りを持って働ける「エンゲージメントの高い職場」を構築することは、経営者としての私の責務です。
また、次世代を担う子どもたちへの食育活動などを通じて、水産業の魅力を発信し続けることも、未来へ向けた極めて重要な投資であると考えています。
環境課題への即応、そしてステークホルダーのみなさまとの強固な連携。これらが未来を切り拓くキーワードになることは間違いありません。豊かな海と水産業の未来を次世代へ繋ぐため、私たちはこれからも挑戦を続けていきます。
■ 青木
日本水産学会をはじめとした産学連携は、当社にとって「信頼」という名の極めて重要な無形資産です。豊かな海を守ることが、持続的な利益創出と株主価値の向上に直結する「正の循環」であると考え、私たちは力強く推進していきます。
これからも、大学や研究機関、そして国内外のパートナー企業とのネットワークを大切にし、それを形骸化させることなく、時代の変化に合わせてより強固なものへと進化させていく決意です。また、次世代を担う子どもたちへの食育や、多様なバックグラウンドを持つ従業員が能力を最大限に発揮できる「ダイバーシティ&インクルージョン」の推進も、当社の重要な社会的使命であると考えています。
国と国との政治的な関係性とは別に、産業には産業の繋がりがあります。私たちは「水産業を再興させる」という共通の目的を持った同志です。そうしたグローバルな連携を重んじ、豊かな海を未来に繋ぐという使命を果たし、持続的な企業価値の向上を目指していきます。本日はありがとうございました。

東海 正
東京海洋大学名誉教授(公益社団法人日本水産学会前会長)
1984年に水産庁南西海区水産研究所に入所、1991年から現東京海洋大学で研究に従事。2000年10月より教授として水産資源管理の発展に寄与し、また2022年5月から2026年5月まで日本水産学会会長を務めた。2024年4月から現在も名誉教授として活動を続けている。
青木 信也
ニチモウ株式会社 代表取締役社長 社長執行役員
1985年ニチモウ入社、染色体研究の知識を活かしギンザケ養殖事業に従事。以来、多様な魚種の養殖事業に携わる。グループ会社社長含め多岐にわたる職務経験を経て2022年に取締役執行役員、2024年6月に代表取締役社長 社長執行役員に就任。