社長に就任してから1年が経過しました。10年間にわたり手腕を発揮されてきた松本会長から託された重責には身の引き締まる思いでいます。同時に、ニチモウグループの新たな成長を牽引する役割を果たすべく尽力したいと考えています。
私はこれまで養殖関連を中心にキャリアを積んでまいりました。その経験を活かし、養殖事業を含め更なる発展を目指すことが社長としての使命であると意を強くしています。
社長就任1年目にあたる2025年3月期は、国内外の多くの不確実な事象に直面するなか、連結売上高1,339億円、営業利益30億円と前期比で増収増益を達成しました。
食品、海洋、機械、資材の主要4事業でいずれも増収増益を実現できた点は大いに評価すべき成果だと考えています。
更に、将来の成長に向けた新しい種が芽生え始めていることも注目すべき点です。
社長としてこの1年を通じ、各事業の「良い面」と「課題」がより鮮明に見えるようになりました。期初利益目標の達成は重要な成果ですが、新たな種をビジネスとして軌道に乗せるには、更に時間と努力が必要です。全ての事業に共通していますが、今後はスピード感を持った取り組みと実行力が必要だと確信しています。
2025年3月期は、3カ年にわたる「第137期中期経営計画(Toward the next stage)」(以下、前中計)の最終年度でした。策定当初に掲げた定量目標はほぼ達成され、総合的には満足のいく結果となりました。ただし、この3年間が常に順調だったわけではありません。初年度は計画通りに進んだものの、2年目に一時的な停滞を見せ、3年目に持ち直してようやく帳尻を合わせた形となりました。
前中計では、「未来へ『繋ぐ』」「事業を『繋ぐ』」「人を『繋ぐ』」という3つの「繋ぐ」を柱に掲げ、経営方針に沿った施策を進めてきました。それぞれに深い意味があり、成果も一定の評価ができますが、今後の展開を見据え、これらを振り返り課題を明確にしておくことが大切だと思います。以下に、それぞれの「繋ぐ」について具体的に述べます。
まず、「未来へ『繋ぐ』」という理念の中核は、「サステナブル経営」です。事業規模の拡大と企業価値の向上を目指し、東証プライム市場の上場企業として社会的責任を果たしながら、企業の魅力を更に向上させていくことが求められます。経営理念に掲げた「社会の公器」として、株主や従業員をはじめとするさまざまなステークホルダーの期待に応え、事業を次世代に繋ぐ努力が重要です。
次に、「事業を『繋ぐ』」という点では、養殖事業の拡大が喫緊の課題です。気候変動の影響は深刻化しており、北方ではサケ科魚類が川に戻らなくなり、西日本では高温により餌やりや出荷が困難な状況が発生しています。
現場のスタッフは強い危機感を抱き、ボトムアップで問題解決に向けた取り組みを進めています。こうした現場主導の動きは、組織の活力を示すものであり、非常に誇らしい成果と言えます。
最後に、「人を『繋ぐ』」についてですが、ニチモウグループには18の連結子会社があります。同規模の企業と比較すると数が多いかもしれませんが、それぞれの従業員がグループの一員としての帰属意識を持ち、連携することでグループ全体が成長に向かう体制を目指しています。
このために、本社の事業本部長クラスが具体的なイメージを膨らませながら、グループ全体を見据えた施策を進める必要があります。人材育成と意識の共有を促進するため、積極的な働きかけを行っていきます。
2025年3月期はグループ全体で増収増益を達成しましたが、各事業を見ると一様に「原料」に関する問題に悩まされた1年でした。その中で、各事業が取り組むべき課題も明確になったように感じています。
業績数値には達成感があるものの、海外からの原料買い付けが不安定で大変な苦労がありました。地球温暖化の影響への対策は更に踏み込む必要があると感じています。
食品事業では、原料販売から高付加価値の水産加工品販売への転換を目指し、商品開発を進めていますが、スピード感が課題です。今後は事業全体で課題に向き合うとともに、環境問題への対応を強化し、長期的な持続可能性を確保した上で新たな成長戦略を実現する必要があると考えています。
海洋事業も不安定な漁獲量に悩まされました。特に、これまで獲れていた魚が獲れない事象が多発し、祖業である漁網のビジネスが危機に直面しています。そのため、海洋事業では養殖事業の拡大に注力する一方で、漁網などの資材を環境負荷の低い資材へ転換し、お客様にその価値を認識していただけるよう働きかけています。環境変化への対応を迫られる中で、事業変革は待ったなしの状況にあり、ここでもスピードアップが求められています。
人材不足を補うため、機械化へのニーズはますます高まっています。特に国内市場は拡大を続け、食品機械の海外展開の可能性も広がっています。日本の食品や商品を海外市場で製造・販売する動きが加速するなか、こうした追い風を事業拡大に繋げていくには、海外展開に伴う人材不足という課題の克服が不可欠です。この問題の解決が、事業の更なる成長を実現するための重要な鍵となり、そのための具体的な取り組みが求められています。
戸建て住宅の需要減少に伴い、関連資材の販売が低調に推移し、建材ビジネスの不振が続いています。一方で、自動車・モビリティ分野での化成品需要は拡大し、包装資材についても石油系から植物系・バイオ系プラスチックへのニーズが高まっています。環境負荷の小さい商材への需要の高まりは海洋事業にも広がっており、こうした分野での動きは今後の事業展開に影響します。特に海洋事業と資材事業の連携強化が、更なる成長のために重要と考えています。
繰り返しになりますが、スピードアップは全事業に共通する重要な課題です。やや厳しい表現になりますが、「待ちの営業」が散見される状況もあり、営業スタッフとの対話では「いつまで待つのか?」と問いかけ、意識改革を促すことがあります。商材や部門によって取り組み方は異なるものの、スピードアップは各工程やレイヤーで不可欠です。
開発部門では、種を育てるスピード、業務運営ではPDCAを回すスピード、経営面では意思決定の迅速化が求められています。こうした全方位的なスピードアップを推進することが、「ニチモウグループらしさ」を強化し、社会からの期待に応えることに繋がると私は考えています。特に、水産業界は気候変動などの環境変化の影響を直接受ける産業であるため、状況を敏感に察知し迅速に対応することは、我々にとって当たり前のことだとも言えます。
18の連結子会社のパフォーマンス最適化の意義については既に述べましたが、これは事業ポートフォリオの再構築にも繋がります。グループ内には古い体質の影響で内部統制が十分に機能していない会社もあり、改善が求められています。今後は現状の事業を「成長」「安定」「見極め」の視点で分類し、それぞれの事業特性を活かしながら成長領域を改めて設定し、資金効率の向上を図ることでグループ全体の収益最大化を目指します。
こうした変革を進めるにあたっては、私情に流されず、必要に応じて既存領域からの撤退を含む決断も重要です。しかし現状、取り組みはまだ道半ばであり、グループ経営の考え方が十分に浸透していない側面もあります。そのため、まずはグループ会社間の連携を強化することが欠かせません。連携の強化は事業の活性化にも繋がると考えています。現在はグループ会社における経営意識を高める取り組みを進めながら、グループ間連携を更に深めることに注力していきます。
2025年5月、私たちは更なる成長に向けた変革を掲げ、新たに「浜から食卓までを網羅し、挑戦の歩みを未来へ」という考え方をパーパスとして定め、その実現に向けて第140期中期経営計画(以下、新中計)を公表しました。前中計と新中計の大きな違いは、新中計が、「10年後にありたい姿」を見据えた、いわゆるバックキャスト視点に立った計画であるということです。現在の水産業界はパラダイムシフトが進行している状況下にあり、こうした事業環境に対応するには従来の発想を大胆に転換する必要があると判断しました。そこで、新中計のキーワードとして「挑戦」を掲げています。
ニチモウグループは100年以上にわたり時代の変化に適応し、絶えず挑戦してきた歴史を持つ企業グループです。例えば、約50年前に200カイリ規制が設けられた際には、当社グループにとってまさに天変地異とも言える状況でしたが、当時の先人達がこれを乗り越え、現在のビジネスに結びつけました。気候変動が深刻化する現在は、その時に匹敵する挑戦の局面だと私は認識しています。こうした背景を踏まえ、新中計ではこれまで培った挑戦の精神を原動力として現場の経験やサービスを活かし、未来に向けた新たな価値創造を進めることを主軸としました。
更に、新中計では中長期的にありたい姿を重視し、現場主導の計画として策定しました。長期ビジョンとして掲げた「10年後にありたい姿」は現場の考えをもとにまとめ上げており、そのプロセスを重視しています。特に重要なのはスピード感であり、「ありたい姿」に向けた取り組みでは10年を待つのではなく、更なるスピードアップを意識して具体的な成果を追求していく必要があります。今回の新中計を通じ、挑戦し続ける企業として変革を加速していきます。
既に申し上げた通り、新中計では「未来に向けて新たな価値を創造する企業を目指す」ことを掲げています。ただし、「新たな価値」が具体的に何であるかについてはまだ明確な答えがありません。不確実性が高い時代では、あらかじめその答えを特定することに慎重であるべきでしょう。「新たな価値」の種は現場で向き合うお客様や協業先が持っている可能性があります。これらの人々との深いコミュニケーションを通じ、未来に向けた課題を共有することで、創造すべき価値が明らかになることもあるかもしれません。経営としては、現場の声や取り組みを丁寧に見守り、耳を傾けることが何より重要です。そして、多くの種から優先順位を付け、やるべきこととやらないことを選定する。このプロセスこそが経営の本質であると私は信じています。
パーパスや長期ビジョンを事業現場に浸透させるためには、現場で起きていることを経営が正確に把握できる仕組みとコミュニケーションが必要です。その一環として、タウンミーティングを実施しています。これまでの1年を振り返ると、私から現場の方々に働きかけなければ、意見がなかなか届かない現状に課題を感じています。タウンミーティングでは、対話を通じて「社長室のドアはいつでも開いている」というメッセージを現場の従業員に直接伝えたいと考えています。
また、従業員だけでなく、お客様や投資家などさまざまなステークホルダーの声に耳を傾けることも重要です。幅広い対話を通じて、課題認識や取り組みの妥当性を検証し、それを経営の基盤としていきたいと考えています。
その際、自社だけで完結するのではなく、他の事業体とも密接にコミュニケーションを図り、オープンイノベーションを促進することが鍵となります。
私自身、高校時代の寮生活で「和して流れず」を学びました。和を大切にしつつも流されず、厳しさを持ちながら一緒に取り組めるパートナーを選ぶことが重要です。長く信頼関係を築くことで事業のスピード感が増し、新たな種が生まれてくると確信しています。
これからは喫緊の課題に対応しつつ、10年先を見据えた長期的視点で経営に取り組み、未来への舵取りを進めていきます。
新たに設定した
パーパス・長期ビジョンのもと
ステークホルダーとの対話を重んじ
次の成長に向けて
新たな価値を創造します